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2月23日「引退近づくスペースシャトルへの哀惜」
 スペースシャトル「ディスカバリー」の最終フライトのカウントダウン が、フロリダのケネディ宇宙センターで続けられています(図1)。1981 年の4月12日に処女飛行を行ったスペースシャトル「コロンビア」のデビ ュー以来30年。スペースシャトルは、数々のドラマを演じてきました。


(図1)

 アポロ計画の最後の飛行(17号)は1972年(図2)でした。その1年前に、 宇宙競争のライバルだったソ連は、いち早く月への有人飛行を断念し、人 間の長期滞在を目指す宇宙ステーション「サリュート」を軌道に送りまし た(図3)。「コロンビア」の初飛行は、このサリュート1号の打ち上げの 10年後だったのですね。そしてソ連はさらに、あの「ミール」へと突き進 んで行きました(図4:廃棄する時は、日本は大変だったけど……)。


(図2)


(図3)


(図4)

 宇宙ステーションを選ぶか、宇宙往還機を選ぶかの岐路に立ったアメリ カは、その決断の途上で迷いはあったようですが、最終的には宇宙へ行っ て帰って来る再使用可能な往復便を選択したのでした。

 この「コロンビア」の1981年のデビュー(図5)が4月12日であった、と 言った途端に、「あれ、ガガーリン(図6)が飛んだのと同じ日だ」と気 づく人は、相当な宇宙好きです。その上に、「あれ、ペンシルロケットの 1955年の初飛行(図7)と同じ日だ」と気づく人は、さらにすごいです。 そう、ペンシルとガガーリンとシャトルは、同じ日にデビューしたのです。


(図5)


(図6)


(図7)

 初めて姿を現したスペースシャトルの威容に、私は「奇妙な形のものが 出てきたな」と思いました。往還機なら大気の濃いところはロケットを使 わないでジェット推進で行くのが合理的と思うので、あのシャトルには、 アメリカの傲慢さとあせりが同居していると感じたものでした。まあ他国 の開発にとやかくケチをつけても、というぐらいの気分でしたが、さてそ こに日本人が乗ることになると聞いて、寂しさと屈辱を覚えたのは、日本 のロケット関係者なら幾分共通するものだったでしょう。

 1986年1月の「チャレンジャー」の爆発(図8)、2003年2月の「コロン ビア」の空中分解(図9)という痛ましい事故があったものの、この人類 史上初の宇宙往還機は、あのハッブル宇宙望遠鏡の軌道上での修理(図10) という離れ業をピークとして、よく働いたと言っていいのではないかと思 います。もちろん、当初、シャトルを除くすべての宇宙輸送の生産ライン を閉じるという愚策があったことは措くとしてですね。


(図8)


(図9)


(図10)

 「ディスカバリー」はこれで引退ですが、スペースシャトルとしては、 「アトランティス」と「エンデバー」がそれぞれ最終フライトを残してい ます。国際宇宙ステーションを完成させて身を退くわけです。考えてみれ ば、結局のところ、1970年代にアメリカとソ連を悩ました挙句、その後数 十年にわたって宇宙戦略を色合いを二分しつづけた往復便と長期滞在の流 れは、ソ連の崩壊とそれに伴う軍事情勢によって、現在の国際宇宙ステー ションの建設という事業に合流したのですね(図11)。


(図11)

 二国だけでなく、ヨーロッパと日本とカナダを含めて合流した世界の宇 宙開発の技術が、3月に象徴的なシーンを演じます。国際宇宙ステーショ ンの本体そのものが合流の成果ではありますが、それに加え、ソユーズ (2機)、プログレス、ATV(ヨーロッパ)、HTV(こうのとり2)、そして もうじき打ち上げられるスペースシャトルが、すべてステーションにドッ キングした姿がお目見えするのです(図12)。


(図12)

 シャトルが引退したら、こんな情景は二度と見られないだけに、この歴 史的な瞬間を映像におさめようと、ステーション・チームは計画を練って いるようです。すなわち、飛行士たちが、2機のソユーズのうちの1機に乗 ってステーションを離れ、少し離れた位置を移動しながら、ステーション の姿を撮りまくろうというわけです。粋なはからいですね。楽しみにして います。

 それにしても、最近の「ディスカバリー」の機体点検を見ていると、確 かに老朽化していることは誰の目にも明らかで、年はとりたくないなと、 わが身を重ねて感慨も一入といったところです。私個人としての欲を言え ば、スペースシャトルの後継機は、やはり翼を付けた往還機であって欲し かった気がします。大勢の人々を乗せて、ジャンボのようなスケールで普 通の人々を大量に宇宙へ運ぶ雄姿を見たかったのですが、暫くは無理のよ うですね。しかしご存知の方もおられるでしょうが、軍が開発したX-37B というミニシャトルが無人で宇宙往還をなしとげました(図13)。このア メリカの二枚腰が、20世紀を支配したアメリカのしたたかな力なのですね。


(図13)

(YM)

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