コンテンツ
KU-MAについて
入会案内
リンク
会員向け

KU-MAの
おすすめ


超巨大ブラックホールに迫る
「はるか」が作った3万kmの瞳


自然の謎と
科学のロマン(上)

Newton編集長の実験と工作動くもの浮くものの不思議

Newton編集長の実験と工作─光や電気の不思議─


小惑星探査機「はやぶさ2」の大挑戦 太陽系と生命の起源を探る壮大なミッション


新しい宇宙のひみつQ&A


宇宙人に会いたい!: 天文学者が探る地球外生命のなぞ


宇宙の始まりはどこまで見えたか? 137億年、宇宙の旅

他にもおすすめがあります

YMコラム
7月6日「科学衛星の命名ものがたり(8)」

ひりゅう(飛龍、HIRYU)(旧名ASTRO-E)──幻のX線天文衛星

 ニュー・ミレニアムの劈頭を華々しく飾る(はずの)X線天文衛星ASTRO-E(図1)は、愛称が公募されました。2月8日、当初の打上げ予定日は、風がたいへん強くおまけに不安定で、しかも雪が吹雪くという最悪の天気となって、発射を見合わせ。2月9日、少し風は残ってはいたものの、空は見事に晴れ上がり、発射準備作業は順調に進んだのですが、発射3分前にダウンレンジ局の一つである宮崎でコネクターの接触不良が発覚、急遽修復に努めたが間に合わず、またも延期。翌2月10日に発射が持ち越されました。


(図1)皇太子夫妻とASTRO-E

 2月10日、風なし、快晴。昨日より素晴らしい理想的な発射条件です。予定どおり10時30分に発射。いつものワクワクするような興奮の中を、モニター画面の中のリアル・タイムのロケットの飛翔経路は順調に伸びていきました。ところが、打上げ後55秒、魔のような姿勢異常が起きました。信じられないような1段目のノズルの事故でした。そしてついに軌道に届かず、打ち上げは失敗しました。

 打ち上げ前の命名委員会では、「最近の衛星の名前は、あすか、はるか、のぞみ……女性の名前が多い。そのため、お互いによく間違えられる」という事情を考慮して、男性っぽい名前にしようというので、「ひりゅう」(飛龍)が用意されました。打ち上げ失敗によって、「うーん、やはり女性の名前がいいのか」という溜め息を漏らした人がいたことも事実です。

 内外からは、厳しい叱責とともに励ましや憂慮のメッセージが多数届きました。それらのメッセージには「これまで世界をリードしてきた日本のX線天文学伝統を絶やしてはならない」「日本の子どもたちから宇宙への夢を取り上げてはならない」など有り難い言葉が満ち満ちていました。

 NASA(アメリカ航空宇宙局)のゴールディン長官からも「アメリカと日本の宇宙科学者の友情が絶えることのないように」という趣旨の手紙が宇宙科学研究所長に届きました。その中にあって、2月16日にヨーロッパから届いた一通の手紙は心に染みました。古くからの私たちの友人であるヨーロッパ宇宙機関(ESA)の科学計画局長ロジェ・ボネ博士(図2)から宇宙科学研究所長にあてた手紙には、今度の打上げ失敗を心から残念がる文面につづいて、昨年12月に打ち上げられたヨーロッパのX線天文衛星「XMM-Newton(図3)」の観測時間の一部を日本の科学者に優先的に使ってもらいたいとの暖かい申し出がなされていたのです。


(図2)ロジェ・ボネ博士


(図3)XMM-Newton

 「苦しい時の友情は身に染みる」との言葉があります。このような感動的な眼差しに見守られながら、宇宙科学研究所は、再起に向けてフル稼働を開始しました。

はやぶさ(隼、HAYABUSA)(旧名MUSES-C)──小惑星サンプルリターン

 鉄腕アトムのように自律航行を運命づけられている小惑星サンプルリターンをめざす工学実験探査機MUSES-C。しかもマンガ「鉄腕アトム」(図4)を書いた手塚治虫さんは、主人公のアトムを2003年に誕生させています。これがMUSES-Cの打ち上げ年と一致したのです。こんな偶然は天から与えられた配剤とばかり、実験班の投票の6割が「アトム」と書きました。


(図4)鉄腕アトム

 委員会の当日、上杉邦憲教授が発言、「アトムって原子爆弾を思い出さない?」「新聞記者がそんなことを書いたらしらけちゃうね」「鉄腕アトムというのは、英語圏ではAstroboyという名で登場しているから、アトムと聞いても、外国の人はあの鉄腕アトムを思い浮かべないんじゃないかな?」。かくして、MUSES-Cの名前は第二位の「はやぶさ」に落ち着いたのでした。

 鳥の隼は眼がいい。遠くから獲物を見つけ、急いで舞い降りて獲物を掴み、サッと舞い上がって巣に帰還する。これはMUSES-Cの動作とそっくりではないか──これが「はやぶさ」の命名理由でした。加えて、「隼」というのは、日本のロケットの父、糸川英夫博士が太平洋戦争中に設計し、「零戦」とともに勇名を馳せた戦闘機(図5)の名前でもあり、またその昔東京からロケットの発射場まで出張した若者たちが24時間以上かけて乗った特急寝台列車の名前でもありました(図6)。打上げ後にMUSES-Cのターゲットの天体が「イトカワ」と名づけられたことと合わせると、結果的にはいい名前になったのではないでしょうか(図7)。


(図5)一式戦闘機「隼」


(図6)特急寝台列車「はやぶさ」


(図7)イトカワに接近する「はやぶさ」(イラスト:池下章裕)

「はやぶさ」は、2003年5月9日に打ち上げ、7年60億kmの波瀾万丈の旅を経て、2010年6月13日、オーストラリア上空に帰還しました(図8 )。「はやぶさ」の本体は大気圏で燃え尽きましたが、分離され回収されたカプセルからは、多数のイトカワ起源の微粒子が見つかり、現在懸命に分析中です。既にその成果の一部は発表されており、45億年前に形成されたものことが判明しています。太陽系の起源と進化の研究に資する成果が、以後も続報されるものと期待されています。

(図8)はやぶさカプセルの火球

(YM)

TOPKU-MAについて入会案内リンク会員向け

このサイトの内容の無断転載・複製を禁止します