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7月27日「スペースシャトル計画終了」

 「アトランティス」が最後のスペースシャトル・ミッションを終えて地球に帰還しました(図1)。思えば1981年4月12日、奇妙な形の「コロンビア」が全身真っ白な姿でゆらゆらと大空へ昇っていたのが、昨日のことのようです(図2)。「本当にヘンなものが飛んでいくなあ」というのが、私の素朴な感想でした。私たちはと言えば、ハレー探査のための準備にかかっている時期でした。


(図1)最後のスペースシャトルの帰還


(図2)スペースシャトル「コロンビア」発進(1981.4.12)

 それが30年経った今では、「もうあの姿が見られないのか」と愛惜の気持ちが湧いてくるのですから不思議なものです。私も、糖尿とか膝痛とか、あちこちに故障が出てきているためか、昨年あたりからシャトルがモグラたたきのように次から次へと小さな故障が続発して来ると、わが身にひき比べて、「ああ、歳はとりたくないなあ」というような想いが生まれてくるんですね。

 ご存知の方は多いでしょうが、あの1981年に発進した「コロンビア」の外部燃料タンクは真っ白に塗られていて美しかった。それが同年11月12日の2回目のフライト(これも「コロンビア」)ではその塗料が重すぎるというので、素地の茶色のままで打ち上がったのでびっくりもしましたね(図3)。オービターのタイルというアイデアも、「へえー、そんな手があるのか」と感心したくらいで、私たちの宇宙科学研究所の機関誌『ISASニュース』No.2に川口淳一郎君が「タイルのお話はいかが?」という小文を寄せたくらいだったんです。まさかそれが大きなネックになっていくとは、当時は想像もつかなかったですね。


(図3)「コロンビア」2回目のフライト(1981.11.12)

 まあ人類史上初の「再使用可能な宇宙往還機」であってみれば、いろいろと誤算があっても仕方ないのかもしれませんが、ハッブル宇宙望遠鏡の修理こそは、まさに「再使用可能な宇宙往還機」ならではの働きでしたね(図4)。それからペイロードベイが使いでがありましたね。また日本人を含め多くの国の飛行士たちに宇宙へ行くチャンスを提供した功績は、有人飛行の普遍化という意味で大きかったことでしょう。ぎくしゃくしながらの30年でした。


(図4)ハッブル宇宙望遠鏡の修理ミッション(1993.12)

 私は、スペースシャトルは、ソユーズやアポロなどの(使い捨て+カプセル)という方式に比べると、Gが小さいというような技術的な評価を措いて、ともかく一般の人が見た時、「かっこよかった」ですね。特に帰還のスタイルが、普通の人に「宇宙へ行きたい」と思わせる「何か」がありました。それだけに、スペースシャトルの後継機としてベンチャースターが浮かび上がり、その実証機X-33の開発の話を聞いた時は、「なるほど」と思い、シャトルの後継としては、当然さらにたくさんの人を自由に宇宙に運ぶ輸送機になるのがごく自然だと感じたものでした(図5)。


(図5)ベンチャースターの実証機 X-33

 それが、X-33が中止の憂き目を見てから、情勢が急変しましたね。私は、いずれはジャンボのように大量の客を乗せて宇宙へ飛び立っていく輸送機が、(それがアメリカの単独の開発になるかどうかは分かりませんが)本来のシャトル後継機として登場すると信じています。だから、ISSへの輸送をめぐって、ソユーズが主導権を握るとか、アメリカの有人輸送が、地球周回が民間で、リスクを背負う地球外は国家がやるというようなドタバタは、要するに暫くは財政難での一時しのぎだと思っています。

 人は、現在から直接につづく時代への責任を果たす必要があるのでしょうが、長い先の展望をしっかりと見つめながら生きて行く人もいなければなりません。1950年代に糸川英夫先生が夢見た太平洋横断機の実現(図6)は、これから半世紀の有人輸送の展開を考えたら、日本のような国こそが、現在の時点での「初期条件」として設定して然るべきだと思いますね。それはもちろん、しばらくはソユーズで往還したり、ファルコン9で往還したり、あるいは日本の初の有人輸送をしこしこと実現する努力などはするのでしょうが、未来にしっかりと焦点を当てたオーソドックスな「有人大量輸送計画」を、地球規模の計画として提唱しイニシャティヴをとるのは、「和」いや「大和」の天才である日本人であって欲しいと思いますね。他の当面の計画は、すべてその大計画への布石と位置づけるぐらいの考え方が、いまの日本には切実に求められているのではないでしょうか。

(図6)科学は作る(毎日新聞1955.1.3)

(YM)

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