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3月15日「内之浦50年、糸川英夫生誕100年」

 今年2012年は、内之浦の発射場が開設されてから50年の節目(1962年の。奇しくも糸川英夫先生が生まれてから100年になります。宇宙科学研究所では11月にその記念式典をやることになっています。宇宙科学研究所が式典を受け持ち、肝付町(内之浦が隣の高山町と一緒になってできた町)が糸川生誕100年記念で先生の銅像づくりを受け持つという配置になるのでしょうね。

 糸川先生は別稿に譲るとして、内之浦の発射場の方は、1962年(昭和37年)2月2日、秋田・道川に次ぐ日本で2番目のロケット発射場として、東京大学鹿児島宇宙空間観測所(KSC)の起工式(図1)が、長坪の荒削りな台地に約200名の来賓を招き、約3,000人のギャラリーの見守る中で挙行されたのが始まり。糸川先生と下村潤二朗さんの二人が、初めて内之浦を視察に訪れてから16ヵ月目のことでした。すでに鹿児島県の好意に基づいて、1961年(昭和36年)に始まっていた幹線道路の切り開きと第一団地(現在のKSセンター)及び第二団地(計器センター)のブルドーザーによる整地がその年のうちに終了(図2,図3)し、起工式はこの第二団地の上で行われたのでした。


(図1)内之浦の起工式


(図2)KS台地の工事と糸川


(図3)計器センターとKS台地

 当時は内之浦に仕出し屋はありませんから、内之浦町の婦人会は、この日、起工式200名分の弁当づくりを依頼され大変な活躍ぶりだったようです。由緒ある高屋神社の神官によって神事の儀式がなされた後、東大総長の茅誠司ほか数氏が鍬入れの儀(図4)、多数の関係者による玉串奉天、祝辞がつづきました。そして茅総長のフェニックス植樹の後で、直径75mmのOT-75-1ロケットが南国の早春の空へ旅立ちました(図5)。内之浦から打ち上げられた最初のロケットです。


(図4)KSC起工式の鍬入れ(茅東大総長)


(図5)OT-75ロケット1号機

 この日、冬晴れで空気の澄んだ南国の空のもと、内之浦の町は横断幕・幟・アーチなどが溢れ、小・中学生による「ロケット」の人文字、漁船の満船飾、飛行機による訪問と花束の空中投下など、まさしく宇宙への発進基地にふさわしい三次元的な起工式となりました(図6)。


(図6)起工式を祝う内之浦町

 翌日の新聞には、「陸の孤島内之浦、極東のケープカナベラルに変身」という見出しが躍りました。起工式につづいて、内之浦町の庁舎で内之浦町宇宙空間観測協力会の発会式が行われ、さらに翌2月3日、鹿児島市内の野村証券ビルにおいて鹿児島県宇宙空間観測協力会が行われました。この2つの協力会は今日に至るまで、研究所と現地官公署・諸団体との意思疎通の機関として重要な役割を果たしつづけています。名前は少し変わりましたが。

 ロケット実験を行う際には、研究所は実験計画を明らかにし情報を提供してさまざまな組織の了解を求め、協力を得ることが必要となります。空と海と実験場の保安問題だけをとってみても、すべて県や省庁の出先機関の出動や手配が不可欠であるし、漁業関係については漁協の協力がなければ実験はできません。ロケットや器材の輸送から現地作業員の雇用、実験班員の宿舎の問題に関する交渉に至るまで、県や町に相談をもちかけることが多いのです。このような具体的な実行を可能とする理解が、協力会という組織によって公認され、それでなくても暖かな思いやりに溢れた内之浦の人々の協力態勢を、より強力なものに仕上げることになったのでした。なお、正式の開所式が挙行されたのは、翌年の12月でした。

 さて、糸川英夫先生の銅像については、著名な彫刻家、東京芸術大学の本郷寛先生に製作をお願いすることになっていますが、何せ金がかかるので、胸像にするか立像(全体像)にするかの判断が難しいところ。町から拠出される金だけでは、立像を作る3分の1もまかなえませんから。ここは、全国の宇宙ファンに呼びかけて、糸川先生がらみ、「はやぶさ」がらみ、小惑星イトカワがらみの募金をどう起こすかですね。

 私はもう現役ではないので、その先頭に立つのは難しく、かと言って、今の現役の人たちは、糸川先生に会ったことのないひとばかりで、名前を知っているだけですから、なかなか熱が入りにくいのではないでしょうかね。JAXAや宇宙科学研究所は、いくら糸川先生でも、個人の名目での出費は無理と言われました。まあそんな世の中ですから。「日本のフォン・ブラウン」も、この国ではそんな感じでしか受け止められないというのは、悲しいですね。どうしようか考えているのですが、何かいい知恵はないでしょうかね。積極的な意見をお寄せください。

(YM)

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