コンテンツ
KU-MAについて
入会案内
リンク
会員向け

KU-MAの
おすすめ


超巨大ブラックホールに迫る
「はるか」が作った3万kmの瞳


自然の謎と
科学のロマン(上)

Newton編集長の実験と工作動くもの浮くものの不思議

Newton編集長の実験と工作─光や電気の不思議─


小惑星探査機「はやぶさ2」の大挑戦 太陽系と生命の起源を探る壮大なミッション


新しい宇宙のひみつQ&A


宇宙人に会いたい!: 天文学者が探る地球外生命のなぞ


宇宙の始まりはどこまで見えたか? 137億年、宇宙の旅

他にもおすすめがあります

YMコラム
7月31日「こうのとり3号、サリー・ライド、イチロー」

 さる7月21日午前11時6分(日本時間)、種子島宇宙センターから、H-UBロケット3号機が打ち上げられました(図1)。ペイロードは国際宇宙ステーション(ISS)への補給機「こうのとり3号」(図2)。ロケットは正常に飛行、打上げ後約14分53秒に「こうのとり」3号機の分離を確認、高度288 kmの軌道に投入されました。


(図1)H-UBロケット3号機打ち上げ


(図2)こうのとり3号機

 打ち上げの瞬間は雨が降っており、打ちあがった直後に晴れたとのことです。かなりの雨で打ち上げたと聞き、「えーっ、ソユーズ並みだな」と思ったのですが、発射予定時刻の直前に激しい雨になったので、後戻りをするよりも前に進んだ方がいいとの判断だったのでしょう。ともかく成功してよかったですね。

 「こうのとり3号」はその後も順調に地球周回軌道を飛行しています。この3号に搭載されているのは、食料その他の生活物資、星出飛行士が楽しみにしている実験用メダカの長期飼育のための水槽、超小型衛星の放出装置など、合計4.6トンです。27日夜にISSのロボットアームが「こうのとり3号」を掴み、高度約400 kmでのドッキングを果たしますが、ドッキングのためには、ISSのロボットアームが届く10mの距離まで近づく必要があります。「こうのとり3号」は、今回から国産化した軌道を変える4つのエンジンと、姿勢を制御する28個のエンジンを使って接近を図るだけに、注目されます。

 順調に進めば、ドッキングは1週間後の今月28日に完了する予定。その作業には、宇宙ステーションに滞在中の日本人宇宙飛行士、星出彰彦さんも携わります。なお3機連続して打ち上げに成功したH-UBロケットは、今後は三菱重工業に移管されることになっています。

 なお、「こうのとり」を分離後、ロケットの第2段エンジンの2回目の燃焼を行い、制御落下実験を行いました(図3)。そのためのオペレーションとしては、「こうのとり」を切り話した後、H-UBの第2段の状態を確認した上で、まずガスジェットの噴射によって機体を進行方向から逆向きに反転させ、機体が地球を1周して種子島の上空に戻ってきた際に、もう一度機体が安全であることを確認、そして落下推定点を再確認し、減速のための逆噴射の禁止を解除する許可コマンドを送信しました。その後、制御落下マヌーバが実施され、機体を南太平洋に落下させたのです。


(図3)H-2Bロケット2段目の制御落下

 「こうのとり」が最初にめざすのが低軌道であり、主ミッションに影響を与えないで実施可能であることから、今後の定期的な打ち上げ機会を利用して制御落下に関する技術を継続的に蓄積していく予定です。制御落下は、いずれ「こうのとり」を回収型・帰還型にするにも必要な技術だし、有人輸送になくてはならない技術です。どんどんやって慣れていくといいですね。

 と、原稿を書いたところで、悲しいニュースが飛び込んできました。アメリカ人女性最初の飛行士であるサリー・ライドさん(図4)が膵臓ガンで亡くなったというのです。61歳でした。17か月の闘病生活だったらしい。親しい人以外には、公表されていなかったようです。


(図4)ありし日のサリー・ライド飛行士

 1978年に宇宙飛行士になったライドさんは、1983年6月18日に、STS-7ミッションのクルーの一人としてスペースシャトルに乗り込みました。翌年にもSTS-41Gで飛んでいます。そしてあのチャレンジャーとコロンビアの事故では委員の一人として現場を反映した貴重な貢献をし、2009年にアメリカの有人飛行の将来を議論したオーガスティン委員会においても大切な役割を果たしましたね。

 ライドさんは2001年、女性の科学・技術分野への進出を支援するための組織「サリー・ライド・サイエンス」を立ち上げました。JAXA’sのインタビューにも登場してくれました。宇宙教育に情熱を捧げ始めたところだけに、これから接点ができると楽しみにしていたのに。残念です。ご冥福をお祈りします。

 もう一つショッキングなニュース。イチロー選手がマリナーズからヤンキースに移籍したそうですね。オールスター休みに熟慮した上での本人の希望だったと聞いて、ここ2年の不調やそれに伴う周囲の論評に苦しんだ様子がうかがえますね。それも、トレードしていきなりヤンキースのユニフォーム姿でマリナーズ戦、しかもシアトルのセイフコ・スタジアムでの試合に出場したというのですから、一層劇的だったですね(図5)。環境を新しくしてもう一花、咲かせて欲しいもの。


(図5)いきなりヤンキースのイチロー

(YM)

TOPKU-MAについて入会案内リンク会員向け

このサイトの内容の無断転載・複製を禁止します